最新記事

核開発

イランの高笑いが止まらない核合意

低濃縮ウランをトルコに移送する核合意で国際社会を分断した、アハマディネジャドの恐るべき外交術

2010年5月18日(火)16時14分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

欧米抜き 5月17日、低濃縮ウラン搬出計画に合意したイランのアハマディネジャド大統領(中央)、ブラジルのルラ大統領(左隣)、トルコのエルドアン首相(右隣) Morteza Nikoubazl-Reuters

 イランが新たに結んだ核合意は、追加制裁を前にした歴史的な譲歩なのか、それとも制裁を回避し、国際社会を分断させるための見せ掛けのポーズに過ぎないのか──。イランの核問題をめぐって国連による追加制裁の議論が進む中、イランのマフムード・アハマディネジャド大統領は5月17日、トルコとブラジルの仲介で、低濃縮ウラン1.2トンをトルコに搬出して保管することに合意した。

 表面的には、国連の要求に応える譲歩のように見える。イランから搬出されるウランは、トルコで国際原子力機関(IAEA)の監視下に置かれると、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン首相は約束した。代わりに、イランは研究用原子炉(医療用アイソトープの生産が目的だと同国当局は主張する)に必要な高濃縮ウランの核燃料棒(120キロ分)を手にする。

 そこまではいい。特に今回の合意は、昨年IAEA本部のあるウィーンでイラン核問題を協議した「ウィーン・グループ(アメリカ、ロシア、フランス、IAEA)」の提案に似ている。この提案では、イランが所持する濃度3.5%のウランをロシアに送り、ロシアがそれを濃度20%の核燃料棒に加工してイランに送り返すことになっていた。イランはこの提案を一旦受け入れたが、その後撤回したため、国連安保理が追加制裁に向けて動き出した経緯がある。

合意の狙いは追加制裁の動きを分断すること

 しかし、昨年の提案と今回の合意にはいくつかの根本的な違いがある。まず、昨年の提案の趣旨は、イランのウラン濃縮計画を完全にやめさせることにあった。この点は国連安保理も主張してきた。しかしアハマディネジャドは、ウラン濃縮に必要な遠心分離機を建造する計画を放棄する意志はないとを明らかにしている。

 もう1つの違いは、今回の合意でトルコに搬出されるウラン(イラン全体の核燃料から見ればわずかな量)がいずれ高濃度の核燃料棒に加工されるのか、それとも安全管理のためにトルコに置かれるのかはっきりしないことだ。トルコは原子炉を保有していないため、濃縮作業は他の核保有国が行わなければならない。つまり、今回の合意はウィーン・グループ提案のほんの第1段階に過ぎない。

 むしろ今回の合意の趣旨は、追加制裁を支持する国々(アメリカや欧州諸国)と追加制裁に慎重な国々(ロシアやトルコ、ブラジル、中国など)を分断させることだろう。アハマディネジャドが合意内容に従って見せれば、イランは追加制裁に慎重な国々からの支持をさらに高められる。

 実際、ロシアは今回の合意に賛同しており、トルコのアフメット・ダブトグル外相もこう強調する。「この合意はイランが建設的な解決策を取りたいと望んでいることを表している......追加制裁や外交圧力の根拠はもうなくなった」

 さらに、アメリカと発展途上国の間に従来からある敵愾心をかきたてる目的もありそうだ。合意交渉が、アハマディネジャドがテヘランで開催した途上国参加の国際会議の傍らで発表されたのはそのためだ。

 一方のアメリカは、イランへの追加制裁にはまだ根拠があると同盟国に対して改めて証明する必要が出てきた。少なくともロシアは、追加制裁への支持から後退している。アハマディネジャドがいまだに、土壇場で敵を分断させるための最低限の譲歩ができる、外交ゲームの達人であることは確かだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア経常赤字、第1四半期は対GDP比0.6

ワールド

イラン大統領と外相が死亡、ヘリ墜落で 国営TVは原

ビジネス

マスク氏、インドネシア大統領と会談 EV電池工場の

ビジネス

大和証G、26年度経常益目標2400億円以上 荻野
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 9

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中